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[184] 稲荷湯.....(銭湯)


大田区東雪谷3−30−14
■03-3729-4526
■営業時間 15:30〜24:00
■定休日 月曜(祝日は翌日休)
■東急池上線 石川台駅 徒歩 6分
■☆カウンター形式、サウナ、脱衣所、洗い場が狭い。特に洗い場は真中にある仕切りで区切った無粋なカランがじゃまだ。ゆったりとした銭湯の良さが味わえなかった。

[183] 国の湯(廃業).....(銭湯)


大田区東雪谷5−27−19
■03-3729-6926
■営業時間 16:00〜23:30
■定休日 金曜
■東急池上線 石川台駅 徒歩 10分
■☆☆☆☆銭湯全盛期の昭和30年代を思わせる懐かしい風呂屋、番台、高天井、ペンキ絵は山と渓流、鏡は石鹸で拭くと見える、蛇口は36人分、脱衣所の縁側は広く心地よい。熱湯が良い(昭和29年開業)
・国の湯は苗字の一文字「国・・」からとって命名。
・開業当時の脱衣カゴも使用できるよう用意してあり、女湯は現在でも使用しているそうです。
・番台のおばぁちゃんの話では私が動けるうちは頑張る・・・
(数少なくなった昭和銭湯の灯はまだ消えていません)・・・2008.6.1現在休業中でした。でも・・2009.廃業しました。
おばあちゃんの実家は南久が原の旧家で元禄時代から続く、この土地の旧家(国府方家)へ嫁いできた。

[182] 昭和のくらし博物館.....(施設)


ホームページ
■大田区南久が原2-26-19
■03-3750-1808
■東急池上線久が原駅より徒歩約8分
■開館日 毎週火曜日〜日曜日 10:00〜17:00まで
■入館料 大人500円、高校生以下300円
■昭和のくらし博物館は、戦後の庶民のくらしを語り伝えて生活資料を残すために、1999年2月28日に開館しました。その後、2002年に国の登録有形文化財(建造物)となり、現在に至っています


[181] 都湯.....(銭湯)


大田区下丸子4−3−11
■03-3759-8814
■営業時間 14:30〜24:30
■定休日 第2、4月曜
■東急目蒲線 下丸子駅 徒歩 3分
■☆漢方薬湯、天井高、富士山のペンキ絵、カウンター形式、脱衣所に床の間がある。どの系統にも属さない独特の銭湯。

[180] 明神湯.....(銭湯)


大田区南雪谷5−14−7
■03-3729-2526
■営業時間 16:00〜23:30
■定休日 5、15、25日(日曜は翌日休)
■東急池上線 雪が谷大塚駅からバス 雪谷中学前 徒歩 1分
■☆☆☆☆破風造りの堂々とした大型銭湯、天井が高く清潔で気持ち良い。カランは31人分、緑茶風呂、森林浴風呂等の薬湯あり、湯上りは縁側からの風が心地よい。(先日、開店時間を間違え待っていたら親切にも15分前に入れてくれた)

[179] 大田区民プラザ.....(施設)


大田区下丸子3-1-3
■03-3750-1611
■東急多摩川線「下丸子駅」前
■午前9時〜午後10時、休館=年末年始、保守点検日
■大ホール(511席)小ホール(170席)第1〜4展示室、第1〜2音楽スタジオ
■区民の皆さんの創作活動やふれあいの場として、また 潤いとゆとりのある地域社会をつくる拠点としてご利用ください

[178] 多摩川浅間神社.....(大田区の名所)


大田区田園調布1-55-12
■03-3721-4050
■東急多摩川線「多摩川駅」下車すぐ
■浅間神社は、旧下沼部村の村社で、神社の敷地のほぼ全体が古墳。 霊峰富士山を信仰する神社
★写真提供:「逍遙」レヲ氏


[177] 太田神社例大祭.....(歳時記)


ホームページ
■日時:毎年5月15日直前の土・日
■場所:池上通り〜太田神社:大田区中央6-3-24
■大森駅山王口から東急バス「池上営業所」徒歩5分
■城南地区に初夏の訪れを告げる太田神社例大祭は宮神輿が渡御されます。土曜日は午後7時に一之宮が鳥居を潜り宮出し、二之宮が神社裏手より宮出しされます。市野倉北町会御神酒所で市野倉南北両町会子供神輿と合流し、四基による連合渡御が行なわれ、午後10時に宮入りされます。日曜日は二之宮のみの渡御となり、午後2時に池上通り沿いさわやか信用金庫大森中央支店前より出御され、氏子二ヶ町を渡御した後、午後6時30分に宮入りされます。年間を通じて初っ端の城南神輿渡御のため、毎年大勢の担ぎ手で賑わいます。

★資料提供:市野倉四丁目みやちん氏

[176] 太田神社.....(大田区の名所)


ホームページ
■大田区中央6-3-24
■大森駅山王口から東急バス「池上営業所」徒歩5分
■太田神社は古来、家運隆昌・武運長久の神として、氏子はもちろんのこと他所からの参詣者も多かったそうです。往時の鳥居の石額には「家運八幡宮」とあり、また現存する手水舎にも「家運」と刻まれています。木造衣冠装束の御神体が、那須与一宗隆公の守本尊と伝えられているからです。那須与一宗隆公は、屋島の戦や壇の浦の戦に、この御神体を守本尊として身に付け、戦いに挑んだので、明治から昭和にかけて戦争が起こる度に、多くの出征軍人が参詣し、武運長久を祈願したそうです。当然ながら太田神社と那須家との関わりも強く、後世には那須家から御供物の寄進があり、戦前までその額が社殿内に掲げられていました。

現在、鳥居を潜ってすぐ左隅に保存されている道標には、「南無妙法蓮華経那須宗高守本尊家運正八幡宮道これより一丁」と刻まれています。この道標は往時、覺應山長勝寺参道と池上道との交点の右角にあり、太田神社境内に移設されたものです。また、太田神社の裏山は「那須原」と呼ばれる通り、太田神社と那須与一宗隆公との関係が深いことが分かります。

資料提供:市野倉四丁目みやちん氏

[175] 高輪台駅.....(都営浅草線)


■港区白金台2丁目26−7
■03-3447-2983
■1日乗車人員:6,167人
■地名由来は高台にあるこの場所に、まっすぐな道(縄手道)があったからだという説が有力だ。「高いところにある縄手道」→「高縄」→「高輪」と変化したらしい。

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