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永承年間(一〇四六〜一〇五三年)の事となりますが、奥州安部氏の反乱が当時の 朝廷を震撼させました。そこで、当時武名の高い源 頼義・義家親子にさっそく鎮定 するようにとの勅命がくだりました。源親子は東国に向かいましたが、武蔵の大川 (旧宮戸川・隅田川)の河口を越えることに大変苦しみました。その時、一羽の白鳥が 飛んできて、親子の目の前で川の浅瀬に下り立ち、そこならば、対岸に渡れる事を悟し てくれました。そのおかげで、軍勢を無事対岸に渡すことに成功しました。八幡太郎義家公は これ、白鳥明神の御加護であるにちがいないと、山頂の本社に参拝し、鳥越大明神の 御社号を奉ったということであります。以後、鳥越神社と称されるようになりました。 また、社地の辺りは、鳥越の里と呼ばれました。
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