5.保土ヶ谷宿〜戸塚宿へ(街道地図)
横浜市保土ヶ谷区→権太坂→境木地蔵→品濃坂一里塚→柏尾町→不動坂→戸塚宿(9km:3時間)

■ 保土ヶ谷宿について ■(1999年6月5日)晴
祭りでお金を使い果たした喜多さんが今回積極参加。 東海道歩きも段々遠くなると交通費がバカにならないのだ。 今日は横須賀線「保土ヶ谷駅」まで喜多さん12才は子供料金で行く。「お歳はいくつ?」「6ちゃい」「よぉ〜しっ」 ・・・・・ 江戸からの旅人が最初に泊まる宿は戸塚あたりが多い。十返舎一九が作中の弥次に読ませた戯れ句 にも「・・お泊りは、よい程ヶ谷と留め女、戸塚前ては(捕っかまえては)放さざりけり・・」 と書いてある。先を急ぐ旅人は戸塚宿の手前の保土ヶ谷宿にはあまり泊まりたがらなかったようである。

■ 帷子町・旧街道 ■約100m
保土ヶ谷駅西口から少し離れたこの商店街(写真左)が旧東海道。真中辺に金沢横町の十字路がある。左の角に道標が四基あった(写真右) 金沢横町道標四基= (この地は、旧東海道の東側で、金沢・浦賀往還への出入り口にあたり、通称 「金沢横町」と呼ばれ。金沢・浦賀往還には、円海山、杉田、富岡な どの信仰や観光の地が枝道にあるため、道標として四基が建立され、現在残 っている) 今日は暑い!少し歩くと踏み切りあり、音が夏のようだ。 「南アルプスの天然水?」500mlを買った。

■ 本陣・樹源寺 ■約1〜2km
踏み切りを渡ると国道に出る、目の前には保土ヶ谷の本陣跡があった。 本陣跡(軽部邸)=(江戸時代300年を通して、苅部家が、受け持ち、 現在は18代目に当る。宿場の中で、最も豪華なつくりの建物でした) 国道をしばらく歩くと左手に「○○○参道入口」という史跡らしき森があったが、 とにかく暑い!道路を渡る元気がなかった。 しばらく歩いて保土ヶ谷2丁目の二又を右に行く。旧道だ!でも歩道が無く危険。 途中、右手に樹源寺。 500mほど先のT字路を左に曲がる。

■ 権太坂 ■約1〜2km
近くの魚屋さんで「権太坂」を聞く。目の前右手の坂だと教えてくれた。 坂を登っていると魚屋さんで会話を聞いていた主婦が原チャリで追いかけてきた。 「どこまでいくんですか?」「戸塚までです」。ここで自慢の一発「日本橋から歩いてるんですよ」 主婦はたじろいたが親切にもこの先の道を教えてくれた。 キツく長い権太坂を行く。振り返ると・・・喜多八は勝手に休んでいた!

■ 境木地蔵あたり ■約1〜2km
主婦に教わった通りに行くと、かなり先にバスターミナルがあり、その突き当たりを右に曲ってスグに旧家の黒い塀が見えてきた。 道が左カーブする辺りに境木地蔵があった(お地蔵さんが、どうしても江戸に行きたいと言い出し運んできたが、この境木の地で動かなくなったので、ここに安置し武蔵と相模の国との国境とした)道なりの先に見える森のトンネル(焼餅坂・2005:現在は右側にマンションが建ち面影は無い)を下る。涼しく気持ちいい。 ここで喜多さんは杖を拾って歩く・・??かなり短く余計疲れると思う。

■ 品濃(しなの)一里塚 ■約300m
住宅街を抜け幅2m位の登り道が品濃坂だ。 一里塚は写真左の石だと思ったが説明文を読んで解った。この両側にある小高い丘が一里塚だった のだ。(一里塚=江戸幕府により街道の両側には一里ごとに9m四方の塚が造られ、塚の上にはエノキやマツが植えられた) これは一つ勉強になった!!・・・しかし喜多さんは先を急いでいた。 道は何があっても真っ直ぐ進む。せまい住宅街の中だけど東海道。約4−500m先の二又道を右に行く。 迷わないように和田氏の「旧東海道の旅」を読んでいたのだ。

■ 旧東海道が無くなる? ■約500m
坂を下ってスグに大きな道路を横断する橋がある。これが旧東海道じゃあまりにも淋しい。 でも渡る手前の金属製の案内版に旧東海道と書いてある。 暑い!!ここで「南アルプスの水」で顔を洗った。気持ち良い。喜多さんは「天然水」を買った知恵に尊敬の眼差し(ダテに歳とってねぇんだ) この先は手探りで「団地の中の川沿いの道」を探しながら歩く。旧道を見つけ(写真右) 赤関橋という辺りの国道に出た。すでに喜多さんの手に杖は無く代わりにスポーツドリンクが握られていた。

■ 大きな樹・江戸方見付跡 ■約2km
国道1号を「不動坂」目指して歩く。途中左手に周囲の騒音にも負けない昔ながらの土蔵があった。 そして不動坂の二又を左に行くのだが手前に「益田家のモチの木」という大きな樹があった。 道を確定した安心感からか「大山道」の道標を見過ごしてしまった。 左の道を選んだ時にその上に小さな細い道があったのだ。それが旧東海道だったのかも知れない。 今日は暑く何故か余裕が無い。かなり歩いてファミリーレストランの植え込みに「江戸方見付跡」見付けた(幾らか寒くなった)

■ 吉田橋から戸塚駅へ ■約1〜2km
目の前に橋が見える。東海道53次の広重の絵に出てくる「吉田橋」だ。 橋の欄干には浮世絵をはめ込み東海道を演出していた。東海道を歩く現代の旅人にとっては東海道らしい雰囲気は大切です。 橋を渡った後の曲った道も味があり、やっと宿場に着いた旅人の安堵感が味わえた。
・・・午後5時30分:横須賀線の車内には現金を手渡している不思議な親子がいた。
(全行程3時間30分・1999.6/5:万歩計=22620・電車移動含)

旅人:浮浪雲
4.神奈川宿〜保土ヶ谷宿 6.戸塚宿〜藤沢宿