21.今市宿〜鉢石宿へ(街道地図)
栃木県今市市・報徳二宮神社→野口薬師堂→異人石→鉢石→神橋(8km:3時間)

■ 今市宿について ■(2003年5月10日 am09:10〜)晴
今市宿内いまいちの水 ・・・妻のために残した杉並木、一人で歩くと男が廃る・・ 春に虫垂炎で入院していた妻の体調回復を俺は悶々と待っていた。・ っていたぁぁぁ!・・やがて妻は観念したように姫君から腰元となって歩き出した。 ・・・ 今市宿は日光・壬生・会津西街道の合流する交通の要所で、宿場街道の中央には水路が 走っていた。特産品は朝鮮人参、全国生産量の20%を占める線香など。 規模は大きく人口1122人(男609人、女513人)総戸数236軒(本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠21軒)。 地名の由来は、今村と称していたが街道の賑わいにより次第に市がたち、現在の今市となった。 ・・・

■ 今市宿の名所 ■約5〜600m(09:50)骨董市で20分間
二宮尊徳(金次郎)市縁ひろば浄泉寺 東武特急「けごん1号」で下今市下車、右に向かって報徳二宮神社を見学する。 (二宮尊徳=1787年小田原市栢山に農民の子として誕生、小田原藩の荒廃した領地を 再興した功績から幕府に登用され日光神領の開拓に、今市を拠点として着手) 隣の如来寺も確認して半年ぶりに街道復帰!。 交差点を越えると市縁ひろば骨董市が開催されていた。 尊徳も居たので挨拶をする。 その先右奥に浄泉寺

■ 杉並木公園・街道 ■約1km(10:10)
日光街道杉並木杉並木公園水車瀧尾神社の交差点 瀧尾神社の交差点から旧道に入る。右側に 水車や古民家などを配した「杉並木公園」が整備されている。 街道を歩く花粉症の腰元はどうやら平気なようだ。 快適な道をしばらく行くと瀬川一里塚の看板。 杉並木が途切れる辺りでデジカメ落下。 液晶画面が斜めってしまった・・ショック・・・。 「日光まで上り坂なので丁度いいんじゃない?」慰めとは思えない腰元の一言に、 心の中で強力なバックドロップが炸裂。

■ 瀬川大日堂・七本杉伐痕・砲弾打込み杉 ■約2km(10:50)
瀬川大日堂七本杉伐痕跡砲弾打込み杉 気を取り直し、街道を歩いてすぐ左奥に瀬川の大日堂を発見、 密やかに佇む石仏が心を静めてくれた。 街道対面に塀のような七本杉伐痕がある。(七本の杉根幹が密着して一株となった杉の伐採された痕) ここから10分程歩くと右に砲弾打込み杉の案内板、(戊辰戦争時、ここ「十文字」に旧幕府軍の陣地があり、激しい攻防戦 が行われた。その時、官軍が撃った砲弾が杉に命中し、今でも傷痕が残っている)

■ 石の道・野口薬師堂〜車道の道 ■約1〜2km(11:10)
歩道の無い街道旧野口村野口薬師堂 街道に寄り添うように流れる小川と新緑が素晴らしい。この杉並木を抜けると旧野口村の集落に出る。 右の開けた場所に野口薬師堂(薬師如来を本尊とした龍蔵寺跡。境内に大きな石の釣鐘が捨ててある・何でだろ〜) 穏やかに続く石の道は旅人のために暫し時を止めている。・・・ やがて国道119号と合流すると日光街道は一変し、歩道の無い危険な道となった。

■ 並木太郎〜銀杏杉 ■約1km(11:25)
並木太郎ツツジが綺麗な車道銀杏杉 左に生岡神社への参道が見える。 その先で並木太郎(大きさ、姿形、街道隋一の大杉?)に遭遇するが、危険な道路上では、時々現れる溝板歩道の方が今は有難い。 行く手を阻む名所・銀杏杉も腰元にとっては路上に出された粗大ゴミと同様なのだ。 ■生岡神社=七里村の鎮守で大日如来を祀る大日堂だったが神仏分離により 神社となった。銀杏杉=杉の根元が銀杏の葉のように広がっている。

■ 天皇小休所〜麻疹地蔵・異人石 ■約1〜2km(11:45)
異人石筋違橋の麻疹地蔵明治天皇七里小休所 緩やかな上り坂となった。左手に民家を隠す「大砲止め杉の伐痕」。先には 明治天皇七里小休所が現存する。 しばらく歩いて大きな交差点を道なりに渡る。 志渡淵川に架かる筋違橋 の袂には「麻疹地蔵」を祀るお堂がある(お参りすると麻疹が治る) その先、国道から分れる旧道中程に異人石があった(ある外国人がこの石を石屋に頼んで削ってもらい、毎日座って杉並木を観賞していた)

■ 日光市街(鉢石宿)へ ■約5〜600m(12:30)昼食に30分間
JR日光線ガードJR日光駅前を越えた辺りの日光街道最後の杉並木東武日光駅前、松原町交差点 JR日光線のガードを潜ると街道の名残り道が右にある。 JR日光駅を過ぎ坂の向こうに鉢石宿を意識した。三角屋根の東武日光駅前の交差点で昼食タイム。 駅前の土産物屋で食べた「ゆば定食」1400円は不味かった。 やっぱり疲れた後はカレーかラーメンに限る・・・ 鉢石宿=人口985人(男516人、女469人)総戸数223軒(本陣2軒、旅籠19軒) 街道沿いに鉢の形をした「鉢石」がある

■ 宿場内・鉢石・神橋 ■約1〜2km(12:55)
工事中の神橋鉢石鉢石宿の名残 東照宮に向かって右に竜蔵寺。 上り坂は門前町の香りが漂い、日光市役所も一役買っている。 この先、ガイドブックにはビルの中に宿場由来の鉢石があると書いて あったのだが・・ビルは跡形も無く、解放された鉢石が現れた。 やがて日光金谷ホテルの大きな建物が見え始め、左右に板垣退助・天海大僧正の銅像が聳え立つ。 街道最終地点・・大谷川に架かる赤い・・神橋は工事中だった。 (神橋=平成17年3月迄修理中、昔は将軍・勅使・行者以外の往来を禁止していた) ・・12:55:・・ついに日光街道を踏破した。しかしこの奥に何百年も眠り続ける猫がいる・・ (本日全行程4.0時間・2003.05/10(土):本日万歩計=13621)

旅人:浮浪雲
20.大沢宿〜今市宿 22.日光東照宮