10.古河宿〜野木宿へ(街道地図)
茨城県古河市・お茶屋口→鷹見泉石記念館→肴町→本陣跡→太田屋旅館→塩滑地蔵(3km:1時間)

■ 古河宿について ■(2002年5月3日 am8:00〜)晴
駅前の万葉集の歌碑古河駅 突然の朝だった。五月の風に襲われた男は、 リュックを持ち出し、勝負服に身を固め(ジーンズ・綿シャツ・ウォーキングシューズ) 一方的に家を後にした。 気が付くと多くの忘れ物をしていた・・・携帯、筆記具、そして家族のこと・・・ ・・・ 古河の歴史は古く、石器時代から人が定住した痕跡があり、また駅前の万葉集の歌碑にあるように、(あずま歌に2首古河の地名が出てくる)奈良時代にも登場する。 室町時代には5代に渡り足利の古河公方が統治していた。 江戸時代に入ってからは日光・奥州街道の要として小笠原秀政・土井利勝などの徳川譜代大名の城下町として栄える。 ・・・

■ 御茶屋口碑・鷹見泉石記念館・古河歴史博物館 ■約1km(8:10)
御茶屋口碑鷹見泉石記念館古河歴史博物館 前回通った御茶屋口碑から古河市内を探索してみた。(御茶屋口=古河藩は日光参拝の歴代将軍を、古河城入城の際、この入口に茶屋を置いてもてなした。) 静かな城壁を思わせる塀の奥には 鷹見泉石記念館(古河藩家老、鷹見泉石の住居を復元した記念館)古河歴史博物館がある。(原始・古代〜近代の歴史資料、古河宿の模型、鷹見泉石の蘭学資料など)

■ 肴町 ■約2〜300m(8:15)
「肴町」の商店「肴町」の商店「肴町」の古い家並み 街道に戻る途中、福法寺の先に 「肴町」と呼ばれる江戸時代から続く老舗通りがあった。 時が止まったような不思議を感じたが、その多くが現在も商売をしている。 (肴町=江戸初期、古河城主、奥平忠昌が城下の拡大整備の折、 諸藩の使者を歓迎接待する場所(御馳走番所)として区割りした。 周囲にはお米・お茶・お酒などの食料品を供給する商店が建ち並び「肴町」と言われた)

■ 問屋場跡・本陣跡・太田屋旅館 ■約500m(8:25)
問屋場跡碑本陣跡碑太田屋旅館 古河のメイン通り(県道261号)を歩いて行くと右手歩道に「問屋場跡碑」、左先には「本陣跡碑」が建っている。 そのまま進み、道が狭まる四つ角を左折すると太田屋旅館(2005.4消滅情報)がある。ここは古河宿の脇本陣だった。 ・・・今回の旅は突然なので何処まで歩くか決めていない。しかし日帰りなら小山まで、泊りなら宇都宮まで 行ける筈だ。この心地よい季節、風まかせといきますか。・・・・

■ 古河道標・よこまち柳通り ■約500m(8:35)
「よこまち柳通り」と書かれた石案内常夜灯形式の道標カラフル舗装の道 カラフルに舗装された道を行くと右奥に神宮寺、100mも歩かない左駐車場の片隅に「左日光道」と書かれた常夜灯形式の道標がある。 その先十字路を右折すると、整備された歩道と柳が似合う道となる。その名も「よこまち柳通り」。 ・・・それにしても今日は良い天気だなぁ〜。(注:あまり短い距離や単調な国道歩きになると解説が出来ないので無駄口が多くなります。ご容赦ください。)・・・

■ 塩滑地蔵〜県境 ■約1km(8:55)
柳通りの先「塩滑地蔵」参道入口茨城県と栃木県との境界 柳通りの先で再び県道261号と合流する。その手前には髭題目が塀から顔出す「本成寺」。 淡々と道が続くので、途中セブンイレブンで健康ドリンクとレジの兄さんお勧めのフランクフルトを買い、一休みした。 しばらく歩いた先のスーパーフレッシュ手前に「塩滑地蔵」がある。(堂前に塩が置いてあり体の悪い場所にこの塩を塗ると治るらしい) ・・09:00:・・茨城県栃木県との境界を必死に探している男がいる。?見つけても特段意味はないのだが・・。 (行程1時間・2002.5/3(金):万歩計=4290)

旅人:浮浪雲
9.中田宿〜古河宿 11.野木宿〜間々田宿