2.千住宿〜草加宿へ(街道地図)
東京都・やっちゃ場→千住宿→絵馬屋→石不動尊→鷲神社→火あぶり地蔵(9km:4時間)

■ 千住宿について ■(2002年1月2日 am9:50〜)晴→曇
街道沿いにあった案内板奥の細道矢立の碑 年末に足の痛さを堪えて北千住駅まで歩いたのが今日は嘘のように快調だ。 千住大橋を渡って千住宿に入るとその橋の袂に「奥の細道矢立の碑」がある。(芭蕉の「おくのほそ道」の旅が千住から始まったことを記念して建てられた) 右手にやっちゃ場の名残り、足立市場が見える。4号線と分かれる市場前の旧道が日光街道だ。 ・・・千住は(日光・奥州街道)品川(東海道)板橋(中山道)新宿(甲州街道) と並び江戸四宿の1つとして数えられ、市中に近く遊興地としても大いに賑わった宿場であった。・・・

■ やっちゃ場通り ■約1km(前回12:30)
これより「やっちゃ場」南詰千住宿歴史プチテラス日光街道 やっちゃ場通り(江戸時代この通りで毎朝、野菜・魚を売る市が開かれ、元気な「ヤッチャヤッチャ」のセリの掛け声から呼ばれた)を行くと 左に「千住宿歴史プチテラス」(千住宿の歴史館) 千住仲町の信号を越えしばらく歩くと賑やかな交差点に出る、左歩道上に高札場跡碑、 右歩道上に一里塚跡碑があるはず・・・・だが無かった。 渡った駐車場傍に問屋場跡の石標。

■ 千住宿 ■約500m(10:10)
千住ほんちょう公園商店街大通りを渡った商店街入口の看板 200m程先のスーパー「トポス」を右折すると足立都税事務所植栽に橘井堂跡(森鴎外旧宅) がある。 街道に戻って北に進み北千住駅前のメイン通りを横断すると宿場町通りとなる。1つ目の路地に本陣跡の説明版 (この一帯は花街で明治時代に芸妓組合事務所が置かれたため見番横丁と呼ばれていた)人通りも多くなり、ここが千住宿の中心らしい。右手の「千住ほんちょう公園」に高札場の説明板。

■ 絵馬屋・かどや・銭湯 ■約200m(10:40)
絵馬屋「槍かけだんご」のかどや名倉医院(接骨院) 街道前方に嬉しい光景があった。右に商家造りの「横山家」、左に街道客を引き込む斜め間口の絵馬屋だ。 写真左は振り返って見た「絵馬屋」、少し先の「槍かけだんご」で有名なかどやを通り過ぎた所で 路地の奥を見た・・・銭湯「梅の湯」が開いている! 今日は(1月2日)正月名物「朝風呂の日」なのだ(石鹸・タオルは常装備)・・・ 名倉医院(接骨院)を通過して荒川土手に突き当たる。

■ 善立寺・石不動尊 ■約1〜2km(11:10)
石不動尊堂善立寺千住新橋 あぁーーいい湯だった。身体が温まり川面の風が気持ちいい。 千住新橋を越え長い歩道橋を降りた。高速下を左にしばらく歩くと今は斎場となった善立寺、 右折して10分程行くとセブンイレブンの隣に石不動尊堂があった。傍らに子育八彦尊道の石碑とお地蔵さんが祀られている。 (この地蔵はかつて荒川の土手下にあったがこの場所に移された、そのためお地蔵さんの顔は荒川方面を向いている)

■ 梅島・環7・島根 ■約1〜2km(12:00)
国道と合流地点の日光道標梅島駅のガード人通りも少なくなった歩道 道が国道と合流するところに「日光道標」、そのまま進んで東武線梅島駅のガードを潜る。 そろそろ飯にしようとキョロキョロするが正月のためか中々見つからない。 やがて商店も無くなり、人通りも少なくなった歩道を歩き続け環状七号線(環7)島根交差点に出てしまった。 横断して5分、やっと島根1丁目の和食の店「さと」で天丼+釜揚げうどんを食べる事ができた。

■ 鷲神社から足立清掃工場 ■約2〜3km(12:40)
足立清掃工場の煙突淡々とした道鷲神社 島根4丁目で将軍が安穏寺へ立ち寄るために渡った「将軍家御成橋」碑を見る。 前方のセブンイレブンがある信号を渡り2−300m先の鷲神社に立ち寄る。 ここから草加バイパスまで淡々とした道が30分も続く。 路地裏を覗いたり、途中の何気ない風景を左右に(竹ノ塚団地)(渕江小学校)見ながら突き進む。 やがてイベントの足立清掃工場の煙突が見えてきた。

■ 草加バイパス〜水神橋・浅間神社 ■約1〜2km(13:05)
正面に草加バイパス水神橋浅間神社 正面に高層住宅を見ながら道は右にカーブして ゴルフ練習場を通り抜け、ついに草加バイパスに達した。 バイパスを潜った先の旧道(旧国道4号)を行くと東京と埼玉県の県境、毛長川に架かる「水神橋」を渡ることになる。 ここから500m程先の谷塚駅入口交差点手前に正月飾りをされた「浅間神社」(草加市の指定史跡)がある。境内には立派な能舞台があった。

■ 火あぶり地蔵〜草加宿入口 ■約1〜2km(13:40)
草加宿の旧道へ国道道路拡張工事のため移された「火あぶり地蔵」 さらに500m程進むと吉町5丁目信号角に新築の「火あぶり地蔵」が祀られている。 (奉公に出ていた娘に母危篤の知らせが届き、主人に暇を願い出たが許されず、 主人の家が焼けてしまえば母に会えると火をつけた。娘は捕縛され火あぶりの刑となった。 村人は娘を哀れに思い地蔵を建てた) しばらく歩くと道はY字路になりグリーン舗装の旧道を入ると草加宿だ。
・・13:50:・・空が暗くなり雨がポツリと1粒・・湯冷めをした旅人は軟弱になっていた。今日も早く帰って寝よっと。 (行程4時間・2002.1/2(水):万歩計=12235)

旅人:浮浪雲
1.日本橋〜千住宿 3.草加宿〜越谷宿