1.日本橋〜千住宿へ(街道地図)
東京都・日本橋→小伝馬町→浅草橋→浅草寺→回向院→千住大橋(9km:3.5時間)

■ 再び日本橋 ■(2001年12月30日 am09:00〜)晴
東京市道路元標里程標 小学生の時修学旅行で日光へ行ったことがある。 東照宮に生きているような猫を見た。あの小さな猫は今でも眠っているのだろうか・・・。 そんな日光街道を歩いてみたい。遠い日の感動と再会してみたい。 (うぅーん・・出だしからかなり格好つけちゃったなぁ〜) 朝起きた時から左足の膝辺りが痛い、なのに何で歩くの?自問自答の世界に道の向うの夢はどうしても必要だった。 ・・・暮れの押し詰まった12月30日午前9時、旅人は街道の起点日本橋に再び立っていた。 ・・・・ 天気は晴れ、寝違えた足を引き摺り日光街道を絶不調スタート。

■ 三越・地下道と高速道路 ■約1km(9:20)
三越本店のライオンUFJ銀行の角を入って行く高速道路 北に向かって三越本店(越後屋)を通過、100歩位先の背の高い日本橋三井タワー交差点を右折する。 (写真中のビルとビルの間の道)歩いてすぐだけど左斜め前方のドトール珈琲に足の痛みが誘われてしまった。 旅人は珈琲を飲みながら左足と相談した結果、今日は千住までと言う事にした。ビルの間の街道(まちみち)は高速道路に遮られ(写真右)地下道となる。

■ 日光道標・小伝馬町(牢屋敷跡・処刑場跡) ■約1km(9:40)
江戸伝馬町処刑場跡の碑十思公園(伝馬町牢屋敷跡)日光街道道標 「ホテルギルモンド東京」植栽にある日光街道道標を確認し、その先、 人形町通りを左折、伝馬町牢屋敷跡を見学する。 今は十思公園(写真中)と名を変えているが江戸幕府最大の牢屋があった場所だ。 中には吉田松陰が処刑された終焉之地碑があり、死刑執行の合図に使われた時の鐘も見える。 隣接する大安楽寺には境内が処刑場だったことを標す「江戸伝馬町処刑場跡」(写真右)の碑。

■ 問屋街から浅草橋 ■約1〜2km(10:10)
大きな交差点を左に郡代屋敷跡浅草見附跡(城門址) 街道に戻って横山町の繊維問屋街を歩く、今日は年末のため殆どシャッターが閉まっていたが、ビルの看板は健気にもまだ営業を続けている。 突き当たりの大きな交差点を左に流れるように曲がると浅草橋に出る。 橋の袂に郡代屋敷跡川面の屋形船を見ながら渡った所に浅草見附跡(城門址)、ここJR浅草橋駅前の薬屋で湿布薬を購入した。

■ 大通り・駒形堂 ■約1〜2km(10:40)
「浅草観音戒殺碑」二又右の国道6号線へ蔵前の商店 浅草橋〜蔵前橋までの大通りはビルの1階に靴、人形、オモチャ等の店が建ち並ぶ。 蔵前橋の交差点を越え二又になるが右の国道6号線を行く。 しばらく行くと創業200年の老舗「駒形どぜう」の店が見える。 その先、駒形橋交差点の角には駒形堂(願い事が叶ったら駒の形を作り物にして堂内に奉納する習し)、 境内に「浅草観音戒殺碑」(浅草寺の霊地につき殺生を禁ずると書いてある)

■ 浅草寺 ■約500m(10:50)
雷門仲見世浅草寺 そして雷門方面へ足を向けた。 雷門の交差点角にある一里塚は現在、観光センターになっている。 人力車と外人観光客が目立つ、浅草の年中桜吹雪と真っ赤な建物は、色街→江戸→日本と連想され外人に人気があるみたい。正月は日本人でメチャ混みだろうな〜。 華やかな仲見世通りをゆっくりと進み江戸の香りを楽しむ。 観音様にお参りしてから東武線浅草駅のガードを抜けた。

■ 隅田川・吉野通り ■約1〜2km(11:20)
歩道歩き待乳山聖天隅田川沿い 喧騒を抜け出て隅田川沿いの墨田公園を歩くとやたらホームレスが多い。 公園のベンチで首が地面に着きそうな位、不自然な姿で座っているサラリーマンを見た。 なんか切なくなって走るように公園を抜けた。言問橋西交差点から交番左道を北上し吉野通りを行く、次の十字路右手奥に「待乳山聖天」 (古くから水商売を商う人々の信仰を集めている) この先、日本堤から泪橋までは淡々とした歩道歩きとなる。

■ 山谷ドヤ街・泪橋 ■約1〜2km(11:40)
山谷地区泪橋南千住駅の歩道橋 簡易旅館が道路両脇に立ち並ぶ地帯に機動隊と酔っ払い集団の大声、 山谷地区(日雇い労働者達が多くいる)に入った模様。 旅人も怒鳴られたが鋭く振り向くと相手は独り言に変貌していた。(俺だって足が痛いんだコノー・・・彼はただ淋しかっただけなのかも知れない) すぐに明治通りと交差する泪橋、その先、街道は歩道橋で営団・南千住駅を跨ぐことになる。

■ 小塚原刑場跡・千住回向院 ■約500m(11:50)
ねずみ小僧次郎吉=本名・中村次郎吉・いつの頃からか、次郎吉の墓石の破片を身に付けると賭けに勝つと噂され、墓石を砕き持ち帰る人が後を絶たず墓石を金網で囲った千住回向院首切り地蔵 渡った線路脇の小塚原刑場跡(延命寺)には大きな首切り地蔵が鎮座している。(刑死者の菩提を弔うため1741年(寛保1)に建立) 目の前の常磐線ガード下を潜ると左に千住回向院、ここには小塚原で処刑された人々や牢死者が埋葬されている(橋本左内、吉田松陰、芝居等で有名な、ねずみ小僧次郎吉、腕の喜三郎、高橋お伝、片岡直次郎・の4名は墓石が金網で覆われている)

■ 素盞雄神社・千住大橋 ■約1〜2km(12:15)
骨通り商店街素盞雄神社千住大橋 南千住の商店街を抜け、しばらく歩くと国道4号線に突き当たる、そこに素盞雄神社 (社伝によると795年比叡山高僧がこの地で小塚の上に光る霊石を見つけ霊石は素盞雄大神と名乗った。小塚原の地名はこの小塚に由来) 国道を北上するとやっと千住大橋が見えてきた。
・・12:20:膝の痛みに耐えてよくやった!感動した!!。 (行程3.5時間・2001.12/30(日):万歩計=13365)

旅人:浮浪雲
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