荏原七福神マップ

[217] 大井蔵王権現神社 (福禄寿)
品川区大井1-14-8
■03-3771-5288
■大井町から歩いて5分、立会道路に面している。七福神の無料地図
■福禄寿=財宝と人望と出世をもたらす神
■江戸時代、江戸の町に火事や疫病が流行ったとき、この地域は大井村の権現神社の天狗のおかげで無事だった。その後、人々は天狗に感謝して権現神社のお祭りには太鼓を叩いたり、天狗を祀った神輿をかついだりしてきました。今ある、「大井権現太鼓」の発祥はその時の名残です。
[216] 不動院・東光寺 (毘沙門天)
品川区二葉1-14-16
■03-3784-1613
■門を入った右側にはお堂の中に御賽銭を払って用を足さなければならない厳かな便所がある。
■毘沙門天=開運厄除けと財宝をもたらす神
■当寺の開山は天文十三年(1534年)什仙上人により創造されました。参道の中程に「下の病気」にならぬよう東司(トイレ)の守護の鳥瑟沙摩(うすさま)大明王が祀られています。東光寺は荏原七福神の一つ毘沙門天が祭られています
[215] 養玉院・如来寺 (布袋尊)
品川区西大井5-22-25
■03-3771-4816
■本殿右に七福神への坂道が続く。正面お堂には大井の大仏といわれた5体の大仏様が鎮座する。
■布袋尊=寛容で福寿、財宝をもたらす神
■如来寺は、気喰但唱が高輪に創立したお寺で、
但唱の発起によって造立された五智如来が安置されているところから、俗に高輪の大沸と呼ばれ、後に現在地に移転しました。養玉院は、上野寛永寺の塔頭三妙院がその前身で開山として天海を迎えていますが、寺を創立したのは天海の弟子賢海、二代目は賢海の弟子念海であります。後に下谷坂本に移り養玉院と改め、対馬の領主宗家の菩薩寺となりました。その後如来寺と合併し現在の場所に移りました。

[214] 上神明天祖神社(弁財天)
品川区二葉4-4-12
■03-3782-1711
■本殿右に七福神のお堂がある。この弁天社には白蛇伝説の由来がある。
■弁財天=愛情と智慧を授け富貴開運をもたらす神
■江戸時代(正保年間西厂1644年)頃にはすでに上、下神明に分かれていたとの史実に基き、昭和五十八年に鎮座340年祭、平成五年には350年祭が執り行われ、平成十五年には鎮座360年奉祝大祭の記念行事が行われた。

[213] 法蓮寺(恵比寿)
品川区旗の台3-6-18
■03-3781-4011
■門を入って左側に小さな「恵比寿」様のお堂がある。荏原町駅前には公衆便所あり。
■恵比寿=清廉で商売繁盛・福徳をもたらす神
■開山は鎌倉時代中期、日本が蒙古来襲の脅威にさらされていた文永年間(一二六四−七五)のことと伝えられ、八幡太郎義家の子孫というこの地の豪族荏原氏の館に創建された寺だったという言い伝えがある。
[212] 摩耶寺(寿老人)
品川区荏原7-6-9
■03-3785-5576
■毎年、正月には甘酒が配られ休憩所がある。
■寿老人=延命・長寿と福徳をもたらす神
■同寺は山号を仏母山といい、寛文年間(1661-1673)の開山で、釈迦の生母・摩耶夫人像を祀る摩耶堂がある
[211] 小山八幡神社(大国天)
品川区荏原7-5-14
■03-3783-0455
■階段を上った神社の左に七福神のお堂がある。
■大国天=福徳円満で財宝をもたらし、大願成就の神
■創立年月は不詳。社伝に鎌倉幕府の頃とある。口伝では長元三年(1030年)には旧小山村本村の氏神として崇敬されたという。小山の名の通り、区内随一の高台(標高35m)にて遠望良好、品川百景に選ばれている。



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